誕生ケーキと失恋の酒

「今夜はケーキが買ってあるから」

出がけに女房から声をかけられる。

 

58歳の誕生日だからケーキを買ってくれてあるという。

birthday20140425

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く帰れる?」

「ちょっと遅くなる、会議と会食があるんだ」

(しまった!事前に言ってなかった・・・)

 

同業者の会議と懇親会が予定されている。

 

「じゃ、外でご馳走ね」

「まぁ、そう言うな。言い忘れてて悪かった」

 

 

以前、前線でばりばり働いていた頃は、

外でお客さんとご飯を食べるなんて当たりまえだし、

いちいち女房に断るまでもない。

と、そう思っていた。

 

 

今思えば、なんとも勝手で傲慢な考えだったか。

 

 

しかし、今は違う。

 

体を壊して透析になってからは、

すっかり価値観が変わってしまい、

ほぼ真っ直ぐ家に帰るようになっている。

 

 

ただそれでも、

どうしても抜けられない仕事上の会食が年に数回。

ちょうど今日は、それに当たってしまった。

 

 

 

その会食も、以前はお酒を浴びるように飲んでいたが、

今はすっかり飲めなくなってしまい、

さっさと終わって帰りたい気分でいっぱいのお付き合い。

 

 

その帰りがけ、

中でも親しくしている同業者の社長に声をかけられた。

「56歳でふられちゃったよ・・・・」

耳打ちするように小さな声で言うのだ。

 

 

数年前に離婚して今は子供たちと暮らす彼とは、

若いころからずいぶん飲み歩いた仲だった。

 

普通なら、

「なに?!飲もう!」と返す場面だ。

56歳で恋をし失った恋に甘辛い酒を酌み交わす場面だ。

 

しかし、今はもうお酒も飲めず、

ましてや今夜は誕生ケーキが待っている。

 

「そうかぁ、残念だなぁ・・・・・」

 

そう返して別れた。

失恋の酒より、誕生ケーキを取ったのだ。

 

体を壊してしまう前なら、

間違いなく彼と酒を飲みに行ったに違いない。

冷たい奴だって思われてるだろうなぁ。

冷たいよなぁ、実際。

 

 

人との付き合いが大事か、家庭が大事か、

いやいや、自分の体が一番大事だ、と言い聞かせながら、

帰りの車を走らせる。

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