ウィルスと余暇との闘い

新型コロナウィルスが猛威を振るい、
わずか2カ月余りで死者は6万人を超え、
世界中が緊張感に包まれている。

これは、地球が、
増え過ぎた人間を淘汰し始めているのではないか、と
SF映画のようなことを想像してしまう。

振り返って、我が身、
予定していたフォークソングのライブは中止し、
ディズニーに行く予定のホテルはキャンセルし、
透析患者として感染源にならないよう注意し、
不要不急の外出は控えるようにし、

極力、自宅で自粛して、
図書館で借りてきた本を読んだり、
TVで撮り溜めた映画を見たり、
近隣をウォーキングしたり、
ただボ~っとしていたり……、

仕方なく庭の草取りなどしたり……、


伸び放題にしてしまった雑草と闘いながら、
思い出したことがある。

「草が生えるのを待っている」と言った人のこと。
その話はこちら→

定年退職し、やることがなくて、
縁側で日向ぼっこしながら草が生えてくるのを待っていると。

定年退職後を如何に過ごすか、

やることがなくて暇でしょうがないというのは、
余暇能力がないからだと、ずっと思ってきた。が、

やることがないというのは、
やらなくてはならないことはちゃんとやったからであって、

やらなくてはならないことをやらずに先延ばしして、
例えば、こうして草を伸び放題にしておいて、

余暇能力云々だなどとエラそうなこと言ったりして、
思わず恥かしくなってっしまった。

もうやりたくないことをやる必要はない。
これからはやりたいことをやろうだなどと、
定年退職にあたり懸命に理屈を並べたりしたが、

やりたくてもやっちゃいけないことがあるように、
やりたくなくてもやらなくちゃならないことはあり、
それを自然に当たり前に理屈抜きにできないというのは、
人として恥ずかしいことだなぁ、などと。

新型コロナウィルスとの闘いで
「おウチにいましょう」の今こそ余暇能力の見せどころで、
草取りは立派な余暇能力だなぁ、などと。

もうイヤになり始めていた草取りの手を止めて、
理屈を並べ始めていた……。

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