NHKスペシャル「私の往生際 養老孟子が見つめた”生と死”」を見た。この頃、死に際をどう生きるか、みたいなことを考えたりしているので、”往生際”という言葉が特に目に留まった。
養老孟子のドキュメンタリーは何度かNHKで見ている。飼い猫(まる)の話とかも…。
難しい理屈を解りやすく唱えられる人だから、なにか心を打つモノがあったり、自分の往生際を考えるヒントをもらえたり、思いもよらない新たなテーマに気づかされたりするんじゃないか、そう期待して見た。
が、結論から言って、期待したようなモノは得られなかった。
もちろん、養老孟子さんの往生際に臨む思い・姿勢には大いに感服させられたことは間違いない。が、残念ながら、養老孟子さんと自分とは人としての出来が違い過ぎる…。
参考になったのは、彼が”昆虫”という夢中になれる趣味を持っているということ。夢中になれる、というところが大事で…。何を差し置いても、すぐにでも、いつまででも、どこまでも、どこへでも、その趣味の世界に没頭してしまう、ということ。
確実に残りの命が短いことを突き付けられた時、そういう趣味の世界になら逃げ込むことができる。それは余暇の勉強をした時から薄々解っていたことで、今回のドキュメントで確信した感じ。
そして同時に、自分には、そういう趣味がないってことも、今更もう間に合わないってことも。
畑にいることを趣味にしてみようか、なんてちょっと前に書いた(それはこちら⇒)。
しかし、梅雨時期で雨が降れば畑に出たくないし、雨があがってカッと熱ければやっぱり畑に出たくないし、草がぼさぼさしてくれば目をそむけたくなるし、害虫に野菜がやられてしまえばもう放ったらかしたくなるし…。今のところ畑にいることに夢中にはなれそうにない…。
そんなこと考えながら放送を見続けていて、妙に引っかかった言葉は、
「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」
というような言葉。それに連れて、「ひとりじゃ死んでもいけない」みたいな言葉。”ひとりじゃ生きていくことも死んでいくこともできない” 。人はひとりじゃ生きられないって何度も耳にしてきているし、養老孟子さんが今更ながらにこの往生際にそういうこと言うなんてどうしてだろう。更には、ひとりじゃ死ぬこともできない、って?
あらためて、味わってみなくちゃって思った。
それにしても、鎌倉に素敵な感じの家を構え、箱根に趣味のアジトみたいな別荘まで構えてるなんて、ボクら平凡な市民にはまったく及びもしない暮らしだな…。
何があるわけでもない田舎の田んぼを親からもらって、ようやく建てた安普請の家一軒で往生際を向かえるだろう人生しか送ってこられなかった自分の人生とつい比べて嫉妬し落ち込んでしまった…。
