妻は待ちくたびれた様子で尋ねる。
「腎臓がダメだって」
「ダメって?」
「透析だって」
「透析?すぐに?」
「すぐじゃないけど、いずれ透析になるって」
「じゃ、まだ何とかなるんでしょ?」
腎臓は治る臓器ではないのだそうで、
現状を維持し、透析を遅らせることが精一杯の抵抗なのだそうだ。
それでも抵抗しないわけにはいかない。
黙って透析におちいっていくわけにはいかない。
「どうすればいいの?」
「塩分を1日8gにして、ダイエットして、って言われた」
「塩分8gってどのくらいかしら」
妻はすでに塩分8gの食事を作ることに思いを巡らす。
「ありがと、申し訳ない・・・・」
減塩食なんて、 食べる人より、作る人の方が大変なのは目に見えている。
台所に立って、塩分8gを計ってみる。
「これしかない・・・・・・。」
パッパッパッっと振ったらもう8g使ってしまいそうだ。
「大変なことになっちゃったな・・・」
この先の毎日を考えると、それはいばらの道のようで、
歩き出す前にくじけてしまいそうになる。
「でも、やるしかないんでしょ」
「申し訳ない・・・・」
「ダイエットはどうするの?」
「まずは腹八分目にすることかなぁ」
「お弁当にする?会社の給食で済むの?」
給食の弁当を納入してくれる給食屋さんに尋ねてみると、
一応のサンプルを作ってきてはくれたが、
腹八分目にするには、自分で加減して食べるしかない。
目の前にある食べ物を我慢して残す、それは出来そうにない。
そんなに強い意思を持ち合わせていない・・・・。
妻は弁当を作ってくれるという。
娘が高校生の頃に使っていた弁当箱を使えば、腹八分目くらいだろうと。
「それに塩分を一食分で2g強でおかずをつくればいいんでしょ?」
「2gって・・・・・、申し訳ない」
朝ご飯や夜ご飯はどうしたらいい?
塩分は何も塩だけが塩分なわけじゃない、。
味噌にも醤油にもソースにも出汁にも、ほぼ何にでも塩分は入っている。
魚や肉などの素材にだって塩分は含まれている。
本屋さんに行って、栄養成分表(日本食品標準成分表)を購入してくる。
さんま100gあたりに塩分は0.3g含まれている。
ぶた肉100gあたりに塩分は0.1g含まれている。
おっ、野菜には塩分は無さそうだ。
酢にも塩分は無さそうだ
妻に多大な迷惑をかけながら、
一日塩分8gで、腹八分目のダイエット生活が始まった。
しかし、それは、すぐに挫折することになるのだが。
(つづく)