「これ、もう捨てていい?」
学生時代、煙草を吸い始めて、喫茶店などにも寄るようになった。珈琲を頼み、マッチをもらって、煙草を燻らす、それは大人の入り口だったような…。
もらったマッチ箱を集めるようになった。
日付と一緒だった人の名前なんか書いて、アパートの壁の桟に端から並べていった。貯まってくると眺めるのが楽しくなってくる。
あの人と行ったなぁ…
あの話をしたのはあの時だったかなぁ…
しばらく行ってないなぁ…
マスターは元気だろうか…
あれ?あれは誰と行ったんだっけ?…
大阪で、東京で、静岡で、結婚するまで引っ越す先々のアパートの壁を飾って、ひとりの部屋の話し相手を務めてくれた。が、結婚を機に箱に詰めて仕舞ってしまった。
火事になったらどうする!と誰かに叱られもしたが、捨てるなんて選択肢はなかった。大切に仕舞った。
「これ、もう捨てていい?」
そう、ご多分に漏れず、断捨離中である。
「いいけど…、ちょっと待って…」
まだ結婚する前、ふたりで行った喫茶店のマッチだってあるはずだ…
40年も仕舞ったままのモノは捨てる。それが断捨離の鉄則だろうとは思うが、そうは割り切れないのが人の常じゃないか。
いくつか手に取って、日付と同行者の名前を確認する。
懐かしい!
鮮やかに蘇るあの時、あの人、あの話…
もちろん、さっぱり思い出せないものもある。いや、思い出せないもののほうが多い。
ひとしきり、ひとり思い出に浸って、諦めることにした。そう、断捨離を決意した。これっきり捨ててしまうのだ。
なんだか、切ないね。