高校を卒業して50年が過ぎた。
その高校の同級生たちと毎年一度、一泊旅行に行く。コロナ禍の2年だか3年だかの中断を除いて、もうかれこれ20年以上も、毎年、だ。学年全体に声をかけるので、幹事をクラス交代で受け持つようにして続けている。そして今年は犬山へ。

45歳くらいから始まったこの旅行。それぞれの暮らしの事情や心情で、旅行に行ける年、止む無く行けない年、何が何でも行きたい年、どーしても行きたくない年…、いろいろあるさ。来る者拒まず、去る者追わず(ちょっとは追うかな…)。そんなそれぞれの事情心情を呑み込んで、毎年少しづつ顔ぶれを変えながら集まってくる。西は九州、東は関東圏位から、30人くらいかな、平均すると。
僕は2~3回行けなかった時があるけど、何人かは皆出席で、この旅行の求心力となっている。
始めた頃は、まだ若さがあって、貸し切れる宿を探して、生ビールをサーバーごと持ち込んで、深夜まで呑み語り笑い泣き…何人かは正体不明の終わらない宴を続けた。が、ここ数年はすっかり大人しくなり、お酒は残り、12時を過ぎて起きている者もない…。
「同級生」というだけで、高校時代に話をしたことが無かった人だとしても、50年来の親友ででもあったかのように、この場で一年に一度、気の置けない仲間になってしまう。たった3年間同じ学び舎で学んだというだけなのに、警戒心が無くなってしまう有難きかな摩訶不思議「同級生」だ。
「あの時さぁ、…」って、50年以上も前の話を昨日のことのように話し出す。あの時、上手くいかなかったコトも、上手く言えなかったコトも、今なら上手く運べそうな気がしてくる。もう、あの娘とやり直したりはしないが、やり直せそうな錯覚の魔法にもかかる。ついでに懺悔もしてしまっておこうか。
そうした現実から離れた時間を過ごし、また来年会おうとそれぞれの生活の舞台に帰っていく。生きていろよという声が聞こえるようになったのはいつ頃からだったか…。来年は古稀の我々の生活の舞台は様々だ。
まだ現役最前線という者、毎日特にすることも無い者、孫に囲まれている者、老々介護に追われる者、夫婦二人暮らしの者、独り暮らしの者、健康そのものの者、あちこち痛い者、僕のように病院通いの者まで…。それら全部吞み込んだ時間を共にして、元の暮らしに戻っていく。
そして、便利になった通信手段(メーリングリストやLINE)で、旅行に行った者も行かなかった者も、感想やお礼や写真や伝えきれなかった想い…etc.を交換する。
透析があるので、一泊して翌日は一足お先に皆と別れて帰ってきたのだが、今年も充分に楽しく満ち足りた豊かな時間を過ごすことができた。
旅行から帰って、まだ旅行気分が残っていながらこれを書いているが、さて、来年は記念すべき古稀の旅行で幹事クラスに当たる。古稀だから特に何かってこともないけど、節目だから、参加者が多くなるといいな。
