2022年6月26日(日)みなみ~ず復活の巻としたライブは予想に反して大盛況のうちに幕を閉じた。
後からわかったことなのだが(事前に聞いていたのかもしれないが…)、150人収容のホールはコロナのため、55人の制限下にあった。そこに80人位の出入りがあり、お叱りの罰則が充てられてしまった…
それはともかく、
お昼から、5組のアマチュア音楽仲間に順番に場を盛り上げてもらい、午後3時、いよいよ我々「みなみ~ず」の出番。
2度の延期にも懲りず、歌仲間の応援も得て、家族にも支えられ、やっと開催に漕ぎ着けました。思いの外の大勢のお客様を迎え、高まる胸の鼓動、緊張、歓喜、興奮、感謝 … もう嬉しくてしょうがないわけで…
・紀元弐千年(替え歌:ザ・フォーク・クルセダーズ)
・おかえりの唄(南こうせつさん)
続いて、
ある方もない方も、両の手で胸を抱きしめて、今一番好きな人を思い浮かべて…
僕の胸でおやすみ~
・僕の胸でおやすみ(南こうせつとかぐや姫)
日本の心がわかる大人でありたいから、日本の心を歌いたい。そして、3人居るんだから3部合唱で歌いたいよね …
夢は今もめぐりて~
僕らが中学生になった位の頃か、
ギターを弾いて歌を歌う大人たちが次々に世に出てきて、カッコいいなぁとあこがれた。フォークソングって云うらしい。僕らにもできるんじゃないのか?って思った頃の代表曲です。
振り返らず泣かないで歩くんだ~
・風(はしだのりひことシューベルツ)
文化祭で歌なんか歌いながらも、進路を気にしだす頃、自らの学力レベルと進みたい学校と住みたい街との狭間で頭と胸を痛めながら、あこがれたあの”街” きっと出会う女性(ひと)…
この街が好きさ 君がいるから~
・街(高石ともやとザ・ナターシャ・セブン)
僕らはもう人生の山を降り下る一方だが、
僕らの子供たちや孫たちが登っていく人生は希望に満ちているだろうか、子供たちや孫たちに輝く未来を残せてやれているのだろうか、
愛する心が通いあうだろうか~
・おまえが大きくなった時(南こうせつとかぐや姫)
ここで休憩…
もちろん、コロナ禍ゆえの換気タイムなのだが、我々が休憩しないと体がもたないんじゃないかとの思いもあったり、正直言って、みなみ~ずの素人演奏じゃお客さんも飽きちゃうだろうな、という配慮もあったりして…
話題作りのため、着替えたりもして … 後半へ
いつの頃からだったか、
子供たちが巣立って行って、夫婦ふたりの暮らしに戻った。そんなこと面と向かって言えないけれど、ありがたいと思っている。奥さんは命綱だとも思っている。
胸を突き刺す青春の歌~
・愛をこめて(南こうせつさん)
世界中がおかしなウィルスに侵されてしまい、いまだ争いごとも絶えることがない…この時代にこの美しい国に産まれ育ったことに感謝し、だけど、こんな世界はイヤだと声をあげることも重要だ。
もうイヤだこんな世界は~
・まぼろしのつばさと共に(五つの赤い風船)
フォークソングといえば、やっぱりフォーククルセダーズじゃないでしょうか。愉快だったり痛快だったり胸を打たれたり…あの歌もこの歌も歌いたいねって、メドレーにしてみました。
このやるせないモヤモヤを~
・フォークル・メドレー(ザ・フォーク・クルセダーズ)
僕らが高校1年生の時、
この歌でかぐや姫を知った。衝撃的だった。なにもかもに憧れた。神田川、銭湯、都会で暮らす、同棲生活、弾き語り…、高校3年生の時、かぐや姫は解散した…。
若かったあの頃 何も怖くなかった~
・神田川(南こうせつとかぐや姫)
僕が初めて買ったレコードは「結婚しようよ」だった。吉田拓郎の世界は、僕には少し無理をして背伸びして垣間見る兄貴たちの世界だった。それでも背伸びもして無理もしてカッコつけて歌ったあの頃…
あんたこそが正直者さ~
・落陽(吉田拓郎さん)
エンディングは皆で
・おもかげ色の空(南こうせつとかぐや姫)
うまくいかない失敗だらけの演奏だし歌だったけど、そこはライブの空気感で押し切って、終わってみれば、楽しい嬉しい幸せなライブだった。良かったとわざわざ声をかけてくれるお客さんも居て胸が熱くもなった。
ラストは、音楽仲間も笑顔笑顔で、お客さんも手拍子合わせてくれて、コロナでなければ大合唱も間違いなく、あ~面白かった!