「今年もブドウの出荷が始まってますよ」
かつての仕事の後輩からお呼びがかかる。
働き盛りの40代じゃなかったか、彼は仕事を辞めて実家に戻った。実家はブドウやミカンを栽培する農家で、彼は果物栽培を生業とした。
それっきり何年も音信不通だったが、私が定年退職した時、ブドウが採れるから遊びに来てくださいと連絡が来た。サラリーマン時代に世話になったからと。
ことさらに世話をしたつもりもなかったが、懐かしさと珍しさで出掛けた。車で概ね1時間の山間に彼の家はあり、浜松の街をはるかに見おろす眺望に恵まれる。
彼の、というより親父さんの自慢のピオーネを頬張りながら、近況や懐かしい話やお決まりの病気の話…
シャインマスカットも何とか出荷できるレベルになったということでひとつふたつ頬張る。
ピオーネもシャインマスカットも実に美味しい。
ご両親と彼と3人で営む果物農家だが、ご両親はご高齢(80代後半)で、奥さんは早くに別れてしまい、娘さんが二人いるが東京で働いており、彼一人ではとても引き継いで行けそうにないと頭を抱える。
車で一時間もかかっちゃうからとても手伝いに来てはやれないし、来たとしても間尺に合う働きは出来そうに無く…役に立つ情報も無く…無いない尽くしで頭を抱えるばかり…
「とにかく元気でやってくれ」
「古山さんも体を大事にね」
そんなことしか声かけられず、小一時間の駄話で過ごして帰路に就く。
「ミカンの頃にまた来てくださいね」
「ありがとう、また寄らしてもらうね」
継がなきゃならないものも無い自分の境遇の気楽さに感謝しながら山を下りた。