本当はまだ、透析しなくても良かったんだろうなぁ、とこの頃思う。
いや、透析当初から、そういう思いはあるのだけれど、
そんなこと思うのは、親身に診てくれているお医者さんに対して、
不遜きわまりない、甚だしく尊大なことであると、言い聞かせている。
だけど、透析歴5年、6年と経過するうち、
透析に慣れるとともに、透析のある暮らしの限界にも幾度かぶち当たる。
そんな時、透析じゃなかったらなぁ、と思う。

透析患者のブログです。2008年、50歳を過ぎて透析生活者となりました。透析になる前のジタバタした苦悩や、その後の透析を苦にしない(時々苦になりますが・・)暮らしや体験を綴った透析ブログです。心臓バイパス手術があったり、チベット体操でダイエットしたり、フォークソング・ライブしたり、トレッキングしたり、そんな内容です。では、どうぞ↓
本当はまだ、透析しなくても良かったんだろうなぁ、とこの頃思う。
いや、透析当初から、そういう思いはあるのだけれど、
そんなこと思うのは、親身に診てくれているお医者さんに対して、
不遜きわまりない、甚だしく尊大なことであると、言い聞かせている。
だけど、透析歴5年、6年と経過するうち、
透析に慣れるとともに、透析のある暮らしの限界にも幾度かぶち当たる。
そんな時、透析じゃなかったらなぁ、と思う。
60歳定年後の余暇について考えている。
若い頃、総務の仕事をしていた時のこと。
景気が良くて、工場には人手が足りなくて困っていた。
そんな中で、55歳の定年退職を迎えた方が居た。
(当時は55歳が定年だった)
私は、お役目として、退職の手続きをする一方で、
さらに延長して働いてもらえないものか打診した。
余暇生活開発士という資格をとるために、『余暇』のことを勉強したことがある。
しかし、経済状態の浮き沈みと競争原理の中で、
いつの間にか、余暇を考えることと同時に、資格も消滅してしまったようだ。
が、その時に勉強したことは、自分のこととしてずいぶんな刺激になった。