透析を受け始めたばかりの頃、
何が何だかわからなくて、何を聞くこともできなかった。
いや、解らないことだらけで、
先生や看護婦さんに何か聞こうと思うことすら浮かばなかった。

透析患者のブログです。2008年、50歳を過ぎて透析生活者となりました。透析になる前のジタバタした苦悩や、その後の透析を苦にしない(時々苦になりますが・・)暮らしや体験を綴った透析ブログです。心臓バイパス手術があったり、チベット体操でダイエットしたり、フォークソング・ライブしたり、トレッキングしたり、そんな内容です。では、どうぞ↓
人工透析
透析を受け始めたばかりの頃、
何が何だかわからなくて、何を聞くこともできなかった。
いや、解らないことだらけで、
先生や看護婦さんに何か聞こうと思うことすら浮かばなかった。
旅行先で透析治療を受けることができる。
でも、はじめての時は何をどうしていいやら見当もつかなかった。
いや、そういうことが出来るのかどうかさえ解らなかった。
透析治療は、これまで病気で病院にかかった自分の経験とは異質の治療だと思う。
なにせ、一日おきに通い、毎回4時間とか5時間とかの治療を受けるのだから。
お世話になると決めた病院と心中するくらいの覚悟が必要だ。
私は、9月29日に入院して、その日から透析を開始した。が、
障害者手帳とか保険証とかの発行日は別の日になっている。
その辺から、あれやこれやとややこしいことが起こってくる。
52歳で透析を始めて5年と6ヶ月のタイミングにこの記事を書いている。
透析を始めた頃、
全国腎臓病協議会が発行している「ぜんじんきょう」という機関誌で読んだ。
透析患者の平均余命は9年だ、と。
ボタンホール作りの険しい道のり・・・・・・。
想像していたより痛みが続き、へこたれ気味・・・・・・。
採決側として作ってきていた腕の先(手首に近い方)のシャントは、
痛みのため、もうとても針を刺す気持ちになれなくなってしまった。
ボタンホールを作ることに挑戦することにした。
「じゃ、次回から始めます」
「りょうかい、造る場所は?」
「造る人がその時に一番いい場所を決めます」
「じゃペンレス貼ってこれない?」
「え?あ、そうかぁ、そうなるわね」
透析患者になって2年半が経過した頃、
毎日繰る日も繰る日も、シャントの痒みに悩まされていた。
つい、ひと掻きしてしまい、
その刺激がさらなる刺激を呼び覚まし、痒くて痒くて耐えられなくなる。
シャントを真っ赤に腫らしたり、掻き傷跡を残したりして透析に臨むと、
「ボタンホールに挑戦してみる?」
「ボタンホール?」
「ペンレス(麻酔シール)を貼らないようにしたいでしょ?」
シャントの風船治療が済み、
だけど手術に使った針は抜かないままに透析の時間を待つ。
針を腕に刺したまま、待合室に腰掛けているのも恐いモノだ。
が、その後にもっと恐いことが待っていようとは・・・・・。
人工透析には、莫大な費用がかかる。
その内訳は知らないが、月に40万円ほどかかるのだそうだ。
とても個人が負担し続けられる額では無い。
しかし、公的助成制度が確立していて、個人負担はゼロに等しい。