歳とってはじめたことーライブー

もう一度ギターを弾こう。

透析になってしまう頃と前後して、高校の同級生が誘ってくれて始めたライブ活動(その話はこちら⇒)は、15年くらいが経過して66歳になっている今、大きな広がりをみせてますます盛んになっている。

高校の同級生と始めたバンドは3人組の「みなみ~ず」


高校が南高校なので、南をとって、みなみ~ずとしたというだけの単純なお話だが、他の卒業生に対してはまことに不遜で申し訳ない図々しいネーミングであるのかもしれない…。

それは、ともかく…

毎週一回集まって、あの頃の懐かしいフォークソングを練習し、浜松にあるライブハウスに出入りするようになった。そのうち、できれば磐田でやりたいもんだと、場所を探して稚拙ながらも毎月一度開催するようになった。30人くらいが入れる会場で、自分たちと、ライブハウスなどで知り合ったバンドなど2~3組呼んで毎月開催した。

当初は、お客さんも演奏する側も人が集まらなかった。が、そのうち、口コミでお客さんも演奏する人も次第に集まってくれるようになった。

何年か続けているうち、もっと大きな舞台でやりたいと、「磐田フォークソング愛好会」を作り、とうとう「磐田フォーク音楽祭」なるものを企画した。


最初は、一日だけ20数組の出演者で200人の会場で。


3回めからは、二日間40組ほどの出演者で300人の会場で。

磐田市のゆるキャラ「しっぺい」も登場願って、市長も顔を見せてくれたりして、だんだんと盛大になっていった。

もちろん、月に一度の30人くらいの会場でのライブもずっと続けていて、そこに飛び入りでやってきて演奏してくれる仲間も増えていった。

歳とって、まったく見ず知らずの多くの人たち(間違いなく100人は超えている)と、ギター抱えて、古くからの知り合いのように親しく付き合わせてもらえるなんて、奇跡的な幸せだとつくづく思う。

近くでは、浜名湖フォークジャンボリーという1000人規模の大きなイベントもあり、そちらへの参加もさせてもらったりした(その話はこちら⇒)。


浜名湖フォークジャンボリーの舞台は、あこがれの晴れ舞台だ。

しかし、新型コロナのまん延で、すべての活動は見送りになった。

ましてや、基礎疾患持ちの高齢者であるボクなどは人一倍行動を自粛せざるを得ず、なんだか気持ちが沈んでギターを弾くことも次第に遠ざかってしまった。

一年経ち、二年経ち、それでも少しづつ動き始める連中も出てきて、指をくわえて見ていた。が、人に迷惑かけないようひとりで活動できるよう練習して、コロナが少し静かになるのを見計らって、ライブに顔を出した。


ひとりで舞台に立つのは緊張が半端ない…

そんな中、かつての仕事の相棒がリハビリ中だと風のうわさに聞いて、旧交を温め、ユニットを組んでギターでリハビリに励むことに。

みなみ~ずも、コロナやボクの手術などで止まっていた活動を再開させた(その話はこちら⇒)。

磐田フォーク音楽祭も3年振りに再開させた(その話はこちら⇒

歳とってからはじめたこと。ライブ活動は、暮らしのメリハリになって、まだまだ当分は続きそうだ。

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