60歳定年後の余暇について考えている。
若い頃、総務の仕事をしていた時のこと。
景気が良くて、工場には人手が足りなくて困っていた。
そんな中で、55歳の定年退職を迎えた方が居た。
(当時は55歳が定年だった)
私は、お役目として、退職の手続きをする一方で、
さらに延長して働いてもらえないものか打診した。

透析患者のブログです。2008年、50歳を過ぎて透析生活者となりました。透析になる前のジタバタした苦悩や、その後の透析を苦にしない(時々苦になりますが・・)暮らしや体験を綴った透析ブログです。心臓バイパス手術があったり、チベット体操でダイエットしたり、フォークソング・ライブしたり、トレッキングしたり、そんな内容です。では、どうぞ↓
60歳定年後の余暇について考えている。
若い頃、総務の仕事をしていた時のこと。
景気が良くて、工場には人手が足りなくて困っていた。
そんな中で、55歳の定年退職を迎えた方が居た。
(当時は55歳が定年だった)
私は、お役目として、退職の手続きをする一方で、
さらに延長して働いてもらえないものか打診した。
余暇生活開発士という資格をとるために、『余暇』のことを勉強したことがある。
しかし、経済状態の浮き沈みと競争原理の中で、
いつの間にか、余暇を考えることと同時に、資格も消滅してしまったようだ。
が、その時に勉強したことは、自分のこととしてずいぶんな刺激になった。
冠動脈の風船&ステント治療が済み、ベッドのまま病室へ運ばれる。
(その話はこちら→)
絶対安静が要求されるから、ベッドを移すことはしないようだ。
「それでは、今から7時間半は動いちゃダメよ。
7時間半経ったらベッドの上でゴロゴロしていいからね。
その後2時間したらベッドに腰をおろしてイイからね。
でも、まだ歩いちゃダメよ。その後2時間で歩いてイイからね」
心臓冠動脈バイパス手術から1年が経過し、
うまくつながった二本のバイパスと、ふさがってしまった一本のバイパスの
経過状況を検査してもらう。
また、カテーテル検査だ。
この1年は、これでカテーテル3回、心臓手術、シャント手術と、
合計5回も手術用ベッドにお世話になる。
慣れてはきたけど、毎度緊張するシーンだなぁ。
「チベット体操は5つの儀式でチャクラを刺激して、心身を活性化・・・・」
チベット体操のお兄さんは説明してくれる。
だけど、チャクラとか儀式とか言われちゃうと・・・・・・・。
自分が信じる範疇を超えてしまう世界のお話なので、
どうにも抵抗があっていけない。
心臓バイパス手術も無事に済み、退院へ向けてリハビリが進む。
しかし、ひとつ疑問が浮かんでいた。
手術後、何日かめかにカテーテル検査をした。
バイパスした血管の具合を確認するためなんだと思うが、
その結果を知らされていない。
高校の同級生に誘われて、中古のフォークギターを手に入れた。
楽譜もどこかにあったはずだ。
かぐや姫、南こうせつ、吉田拓郎、井上陽水、小椋佳、その他、
学生時代に買った楽譜がどこかにあったはずだ。
集中治療室の長い夜が明ける。
一晩中看護婦さんの手を煩わせ、右だ左だと寝返りをうたせてもらい、
あっちが痛い、こっちが痛い、とぐずぐず言って、やっと朝が来る。